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2017年12月11日月曜日

三雲小学校で、ものづくり講習

ものづくりマイスターとして、今年も三雲小学校で「ものづくりの魅力」講座(出前授業)を担当した。単純に、洋菓子製造を知り、体験し、職人の技や知識に触れて、興味関心を培う。

身近にある材料と道具を使ってのプロの味を作ると言うのは、結構難しい。この日はプリンを蒸し器で作る。作業は、簡単なんだけど、全部が同じようには仕上がらない。火力の問題や、鍋の密閉度、その日の気温湿度などに影響を受ける。当たり前といえば当たり前なのだが、授業を進めながら、いつもヒヤヒヤしている。



そんな難しさもものづくりの面白さなんだけど、ものを作るためには、そのための経験や知識が必要。小学生にはちっと難しい話だが、プリンを蒸し器で蒸している間に、事前に準備したブリュレをカラメリゼしたものと、醤油をかけたものとを試食してもらった。反応は様々だけど、経験するまでは想像もできなかったことが、経験することで、その経験を自分の言葉で話せるようになる。こうしたプロセスそのものがものづくり、自己表現する力になって行く。ここが大切なんだ!

おかし作りというと、作り方を学べば一人前になれるようなことを思っている人がほとんどだが、作れる技術習得はもちろん必要だがプロでやっていく上では当たり前の話で、ちょっと器用であれば誰でもできるとまで言える。しかし、それは、お菓子を作る作業ができる人です。


パティシェとして大切なのは感性なんだけど、例えば、醤油のかかったブリュレの後に食べるカラメリゼしたブリュレの美味しさにどれだけ心が動いたか?心が動いていないと、自分で作ったブリュレで人の心を動かすことはできmないのです。そこが、プロとして作り方よりも大事。だから、毎日朝昼晩と食べるご飯を一生懸命ちゃんと食べる。ぼんやり食べていると、パティシェになれないんだ。

小学生たちの笑顔で「ありがとうございました」授業は終わった。いつもながら教える側が、学ぶ事が多いです。


2017年11月7日火曜日

「シェフの想い」と「お客さまの想い」を結びつけるヴァンドゥースに合格!

ワインには【ソムリエ】”Sommelier / 女性 Sommelière”、ホテルには【コンシェルジュ】“concierge”といった専門の職業が有るように、お菓子の販売には【ヴァンドゥーズ】 "Vendeuse"という職業があります。

 

ヴァンドゥーズはただのお菓子の "売り子・販売員” ではありません。高度で幅広い知識と専門の技能を持ち、おもてなしの心を基にお客さまに喜んでいただくことを何よりも大切に考え、お菓子をお客さまにお届けするプロフェッショナルのことをいいます。「シェフの想い」と「お客さまの想い」を結びつける大切な仕事です。




その資格を、パレットのスタッフ2名がチャレンジして合格した。とっても楽しそうに頂いたヴァンドゥースバッチをつけて写真におさまりました。勤務中はずっとつけているので、お声をかけていただければ喜ぶと思います。




パレットでは、自分の努力で付加価値を上げろということで、様々な資格にチャレンジを薦めています。お菓子作りが好きで入ってきたマネージャー二人に、業務命令で簿記3級、ビジネス会計試験に合格しろと講習会に送り出しています。技術習得でも菓子技能士1級、2級は、三年以上勤務の人は全員当たり前のように受けて合格している。販売士の資格を持っているパティシェもいます。




通常の勤務をしながらの受験なので、みんな大変だと思います。それでも、一歩前に踏み出す。パレットで働くこと=成長が重要と考えている。昨日の自分より、今日の自分が成長してると実感できれば、それが何にも変えがたい喜びである“甲斐”に繋がるからです。新たにヴァンドゥースになった二人も、合格を1つのきっかけとしてさらなる成長を続けて、後輩たちの憧れになって欲しいと思います。二人の頑張りに感謝です。




2017年11月6日月曜日

蓋を閉める、次の人のためにスリッパを揃える

誰でもわかるようにと、トイレの手洗いにテプラで貼っている。スタッフは、ほぼ急いでいる時以外は、冷静に習慣化されているように感じている。例外は、新入社員とお客様、職場体験の子達だ。今年、新入社員の子が、入社半年経っても、気がつかないのかできていないことに気がついた。


その子は、立ち仕事での足が痛いという理由で、その月で退職が決まっていた。それ以前の話なのだが、意図することが伝わらなかった。創業して31年。毎年、新入社員を迎え、一年以内の退職者は数人いるが、”足が痛い“という理由は、初めてで意外な理由だった。そんな理由で会社を退職するのは、なぜなんだろう?そんな人生でいいのだろうか?大学を出ているが実際の年齢は中学生程度なのか?尽きぬ疑問と、こうした人を採用した責任。そして、今後のことを憂う。

もう一人、今年採用した人で退職された人も“手が荒れる”と、日赤の先生の診断書を持ってきた。自分で荒れないように手袋をはめて洗い物をするなどの対応はしたの?という質問に、何もしていないと、素で答える。悪意がない、考えていない。親が言わせているのかなとも思う。いずれにせよ、「この仕事を続けたいので、ここで手をちゃんと治したいので、退職します」の言葉に返す言葉はなかった。

たまたまなのか、よくある話なのかもわからないが、いま目の前に突きつけられる現状への違和感はなんだろう?将来への憂いも含まれるが、事実だけに着目すれば、豊かな日本が産んだそもそもの話。「小善大悪ににたり」と、尊敬する稲盛さんが言っている。その場しのぎ、問題の先送りの結果だと思う。その子のためにという正しさを装う、悪質な責任逃れだと思う。その子の一生に影響して行く。

幸せな人生を生きる。という、シンプルに誰もが思うことの中に“働く”がある。経済的な側面だけで働くことを捉えている。プライベートと仕事を対立するように捉える話と同じだ。働き方改革で本当に必要なのは、こうした子達を社会に送り出す前に、働くことをちゃんと教える家庭での教育、考え方の転換が大事なんだと思う。そして、親の働き方にも及ぶ話だと思う。


2017年10月4日水曜日

祖母の心配

就職で家を出るときに、亡くなった祖母が心配してかけてくれた言葉「お前は、食い意地がはっているからな、卑しいことをするな。人に迷惑をかけるな」迷惑をかけない、卑しいことをしない。ぼんやりその言葉を受け取った。そして、社会に出た自分を支える言葉となった。経済的にも、人間的にも自立する。親に迷惑をかけない。誠実に人と接する。そんな当たり前の話だが、今もって私を支えてくれる祖母の言葉。














その後、パティシェになってつくづく思う、食への意地なんて生半可ものではない。明らかに、自分の中に食への執念を感じる。「どうせ食べるなら、おいしく」さらに「死ぬまでに食べられる回数は決まっているなら、一回でも多くおいしい食事をする」そんな思いをもって、日々の食事がある。祖母の作る手料理には、そんな思いがあった。


















パティシェの仕事も同じような感覚で「どうせ作るなら、自己最高を作る」そうしたがつがつした思いを、パレットフィロソフィーでの「日々ベストを尽くす」の言葉につながっていく。




先日、毎月送られてくる小冊子に、フリージャーナリストの音田昌子(おんだまさこ)さん「生きる長さは人それぞれだから、「今」という時間だけが唯一公平なのかもしれない」と、書かれていた。どうせ生きるなら、生きて生きるべきだ。この「今」を…

 

言いたいことは同じ、食は命につながる。命がなければ、大いなる人生はない。日々の食を整える、大切にする。私のお菓子作りも、ここから始まっていると思っています。亡くなった祖母に感謝です。

2017年9月28日木曜日

年に一回は食べたくなるお菓子

今年のおかげさんデーで販売するこの時だけのアントルメに「オーナーシェフのおかげんさんデー」を、企画するようにスタッフから強要された。切り口は、普遍的?な私の判断基準「自分が食べて美味しい」サブタイトルはつけていないが、年一回は食べたくなるお菓子です。

予約状況を見ていると、段突人気がないのがオペラ・カフェだ。年に一度は食べたいから、大学の授業メニューに入れている。作業量が格段に多くなるので、学生たちにはちょっと気の毒なくらい忙しいメニューだが、バタークリームを使ったお菓子では、これを外す意味がない。


店で販売しても同じで、売れないお菓子だ。先日、和菓子と洋菓子の製造販売をされている社長から「洋菓子は原材料費が高く、手間暇かかるけど売値に反映できないから大変ですね」と、同情?された。その通りですとしか言いようがない。


思いを持って、手間暇かけてショーケースに並べても、食べログなどで「普通やん」とか、書かれると笑うしかない。このジョコンドの中心までしっかり火を通すと、この上にエスプレッソコーヒーシロップを浸しても生地がじゅくじゅくにならんとサクッと切れてアーモンドの香ばしい味わいとコーヒーの香りと苦味、バタークリームの柔らかい旨味が一緒に溶け出し、それら渾然とつながる味わいをチョコレートが包み込んで溶けていく。食べ終わった後に鼻腔に戻ってくるコーヒーの香り長く残るバターとチョコの味。これがオペラやねん。みたいな話は意味を失う。


味わいは主観や好みで変わってくる。さらにいえば、気分や体調でも変わる。自分が美味しいと思うものが、全ての人も美味しいと思うのは傲慢だ。どんなに美味しいものでも回数を重ねると、飽きてくる。「前は、もっと美味しかったのに」などと、自信満々にいう人がいるが、どうでもいい、あなたの話だ。この年齢で作るオペラがある。それだけの話で、この味わいは再び出会うことはない。今の味を作る。そんな味わいを楽しんでいただけたら嬉しい。

2017年9月17日日曜日

県立大津高校らしいスィーツづくり

大津高校家庭科の生徒80人ほどに特別授業。パテシェ希望の子も何人かいるとのことを聞いていたので、夢をつなげるような話ができたらいいなと思った。


平成27年から、家庭クラブの顧問などを引き受けてスィーツづくりのアドバイスなどをしてきた。今年は、その取り組みを全国大会で発表して、文部科学大臣賞(最優秀賞)を受賞したと報告があった。少しは、お役に立てたのかと嬉しく思う。


そして、3年目になる「仮説大津高校らしいスィーツ開発」の話を、二学期の冒頭に1年生を対象に話をすることになった。昨年は、授業の終わりの総括と反省という位置づけだったが、学期はじめでの特別授業は先生たちの思惑があるのかなと思う。

80人全員のコメントが先生から送られてきた。読むのに約90分かかった。先生ってこれ全部目を通しているんだなと思うと、日の当たらない努力に頭が下がる。コメントの多くは、なんらかの刺激を受けて、気づきレベルにまで受け取る子が多かった。中には、評論家のような子もいるが、概ね学びや気づきはあったようで良かった。

パティシェ希望の子たちの、本気でパティシェを目指そうと思ったというコメントに努力が報われる。他にもパティシェは才能だけでやっていると思ってたというコメントもあった。日々の努力がないとプロとしてやっていけないことを理解してくれたようだ。

90分話し続けるので、ついてこない生徒が出てくる。今年は、その対策として、眠くなるピークに焼きたてのサブレを配って食べてもらった。お笑いタレントであれば笑いを一発だが、私はパティシェそんな器用なことができないので、地味にサブレを配る。狙いは的中した。

話をしながら、この場に立たないとこの感覚、気づきはない。こんな機会を与えていただけるのは、ありがたいと思った。目の前のことに全力で取り組むだけの話だが、終われば感謝です。

2017年9月16日土曜日

冬・春に食べたいと思うケーキコンテスト

小さい規模ですが、コアなパレットマニアの方のご協力をいただき、冬・春に食べたいと思うケーキコンテストを、草津エイスクエア店とパレット皇子山店にあるカフェドシナモニで開催しました。




今回もですが、社内コンテストで勝ち上がってくる製品と、お客様が撰ぶ製品に大きな開きがある。社内コンテストでは、パティシェ側の主観で見ていくので、がちがちのフランス菓子のような組み立て方のお菓子が好まれ評価される。お客様の評価は、ネーミングなども含め”わかりやすさ”や”食べやすさ”が評価のポイントになってくる。



これは、わかっているつもりで分かっていないという事実を突きつけてくる。”流暢性の幻想”で、わかっているつもりになっているだけのことだ。他者を公の場で、無神経に批判しまくる人や正論を振りかざして、公的立場の人を”犬”呼ばわりするような話とつながっていく。ここまでくると、人としてどうなん?と、率直に思う。



話を戻すと、お客様の笑顔のためにと懸命に考えているつもりでも、やはりパティシェの自己満足は否定できない。できないが、それを全否定することは意味がない。こんなお菓子あったら食べたいな。が、そもそもの動機だからだ。行動はすべて”欲求の充足”成功も失敗もすべてスタートは同じだ。



今回、キャラメルマキアートという商品名で提案があった。入社3年目の技術も知識もまだまだな3年目のパティシェ―ルだ。技術習得も人一倍時間がかかっている子だ。そのうえ、自分勝手、マイペースがその子の持ち味になっている感がある。社内コンテストでもこの製品を出すか出さないかでもめたほどだ。しかし、お客様評価は高かった。



製品を作った思いを聞けばとても素直。目指すイメージがはっきりしていたから迷いなく持てるわずかな力を一点に集めた。素直な感性がお客様の心に響いたのかなと思う。試行錯誤は続きますが、こうしたイベントもお客様とスタッフでつなげていきながら、お客さまもスタッフも幸せになる店づくりを、素直な気持ちで進めていきたいなと思います。